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mudaiの夏休み

国内、海外放浪記をつらつらと綴るチラ裏

旅に出る(12/29 @プノンペン4日目)

昨日は色々と考えさせられた1日だったなら、今日はそれを実践する日。とは言え普通の観光だが・・・カンボジア滞在最終日。キリングフィールドとトゥール・スレン虐殺博物館へ向かう。

 

 

 

これら負の遺産に行くのは最終日にしたかった。それはカンボジアに住む人に少なからず興味が無ければ行っても無駄だと思ったからだ。そういう意味で昨日の時間は貴重だった。

 

 

 

ホテル前に待機していたトゥクトゥクを夕方まで$20でチャーター。時間があったのでまずは重要文化財のある国立博物館へ。

 

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正直、アンコールワットにも勝るとも劣らない迫力。館内には歴史問わずカンボジア国内から発見された重要文化財が展示されている。しかし、日本語か英語のガイドを付けるか、または解説書を持参しない限りは何が何だか全く分からない。さらに付け加えると、かなりこれらの文化財ヒンドゥー教の神々の石像)に興味が無いと長時間の見学は厳しいかもしれない。

 

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誰かに悪戯されたのか、博物館中庭で翼を怪我して飛べない鳩を見つけた。この国では鳩もハードライフだ。

 

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国立博物館には約40分の滞在だった。あまり興味も無ければ知識も全く無いのでこれでも頑張って理解しようとしたほうである。

 

 

 

次の目的地はトゥール・スレン虐殺博物館。ここからキリングフィールド含め写真は殆ど撮っていない。というのも撮影禁止の場所が多く、また仮に撮影可能であったとしてもあまり撮影する気にはならない風景ばかりであったからだ。

 

 

 

トゥール・スレン虐殺博物館は、1975以降のポル・ポト軍政下で行われた無理な社会主義改革で多くの罪なき人々が粛清された拷問場所を博物館として公開している場所。

当時C21と呼ばれたこの収容所は高校を改装して作られており、独居房、尋問室には今でも多数の生々しい血痕が残っている。

記録にあるだけで2万人以上の人が収容、虐殺され、残ってきたのはたった7人らしい。

 

 

 

日本語オーディオガイドのヘッドセット、日本語解説リーフレットを片手に施設を回ってゆく。拷問当時の資料や写真は、人によっては気分が悪くなる恐れもある。それほど生々しいものだ。

 

 

 

90分近くかけて全ての施設を練り歩いてみて、ポル・ポト政権下からさほど時間が経っていないプノンペンの街を見渡すと、なんとも不思議な気持ちになった。悲しいわけでもなければ、驚きというわけでもない。ただ不思議な気持ちだった。

 

 

 

次はキリングフィールド。場所はプノンペン郊外にあるため、トゥクトゥクでも多少時間がかかってしまう。

ちなみにキリングフィールドはプノンペン郊外のものだけではなく、同じような施設がカンボジア国内全土に300近く存在していたという。 

 

 

 

C21に収容された人々はキリングフィールドで処刑された。最初は反乱因子とされる文字が読める知識人、芸術家、当時インテリの象徴とされた眼鏡を掛けた人々などであったが、次第にクメール・ルージュは一般のカンボジア人も粛清の対象とするようになったという。

 

 

 

キリングフィールドの見学方法もトゥール・スレン同様にオーディオガイドのヘッドセット、リーフレットの解説と共に回ってゆく。もちろんここも日本語ガイドに対応している。特にここのオーディオは元クメール・ルージュ刑執行人の話や、ポル・ポトの晩年など興味深い内容を聴くことができる。

 

 

 

トゥール・スレン、キリングフィールドの帰り道、トゥクトゥクに乗ってプノンペンの街を見渡す。この街のさらなる発展を心から期待した。

 

 

 

18時頃ホテルに帰り、プノンペンで最後の夕食。22時50分のフライトなのであまりゆっくりしている暇はない。それにしても、最終日の夕食もホテル下のレストランで済ませるのが我々らしい。結局ここには何回お世話になっただろうか。最終日の夜は遂に毎回頼んでいるオーダーを覚えられてしまった。お気に入りだったカンボジアビールを飲めるのも今夜が最後だ。

 

 

 

19時半頃、トゥクトゥクでホテルをあとにする。最後はやはりタクシーではなくトゥクトゥクに乗りたかった。空港までの道中、プノンペンの街を目にしっかり焼き付ける。次もしプノンペンへ来たとき、どれだけ街が発展しているかを楽しみにしながら。

 

 

 

旅行初っ端からトゥクトゥクには苛々させられっぱなしであったが、今回の旅行の主役は良くも悪くもトゥクトゥクだった。なんだかんだ悪態をつきながらも我々はコレが好きらしい。

料金交渉からボッタクられるドキドキ感や、お金のことしか考えていない単純明快で正直者なドライバーとの会話、砂埃と排気ガスまみれの生温い風を感じながら街を熱走する日々が懐かしく感じる日々が来るかもしれない。

 

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遂にプノンペン空港に到着した。ANAのチェックインカウンターには日本人スタッフ、日本人観光客が多く見受けられた。それらを見て、何事も無く帰国日を迎えられてよかったとホッとした。同時に名残惜しくもあった。

 

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しばし最後の記念撮影。S氏も私も、今回来られなかったもう1人のS氏も、今後はこんなにタイミング良く休暇が取れるとは限らない。次に私と友人の休暇が合うときにはどちらかが既に家庭を持っているかもしれない。そうなると、ある意味これが最初で最後の大学時代の友人との海外旅行かと思ったりもした。

 

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搭乗ゲート前のスタバ。抹茶クリームフラペチーノのグランデが$3だったので、日本より少し安い?みたいだ。人生で数えるほどしかスタバに行ったことがないので良く分からないが。

 

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22時50分、NH818便が定刻通りに搭乗開始。

23時テイクオフ。また来れると信じて。

カンボジアへ別れを告げた。