mudaiの夏休み

国内、海外放浪記をつらつらと綴るチラ裏

旅に出る(成田〜シドニー)

2016年12月30日。早朝プノンペンから帰国し、同日19時過ぎにはシドニーへ出発。最近流行りのエクストリーム出入国である。

結局、日本での滞在時間は12時間弱。

 

f:id:kotaro0521:20170207174751j:image

 

寝不足から気分、機嫌ともに非常に悪い状態は継続中だが、19時にシドニー行きJL771便の優先搭乗が開始される。

機材はB777-300ER。主に北米線や欧州幹線に使用されるJALのフラッグシップであるが、機内の半分以上がファースト、ビジネス、プレミアムエコノミーで占められており、エコノミー利用者には少々肩身の狭い飛行機でもある。

 

 

 

エコノミークラスの座席は機体後方のみであり、まるで押し寿司のようにギュッと固まっている。「貧乏人は後ろに固まっていなさい」と言われているような気がして、少し悲しくなる。

 

 

 

しかし、幸い中央列通路側を確保出来たこと、隣が空席だったことで何とか気力を保てた。また、JALご自慢「新感覚エコノミー(SKY WIDER)」は前席の圧迫感もなく、足元の空間も十分だった。私はANAも好きだが、座席に関しては圧倒的にJAL派である。

 

 

 

機内食を食べたのち、映画を観ながらウトウトし始めた頃にはグアムを通過。タイミング良く機内も消灯されたので、さあ寝ようかと思ったのもつかの間。突然飛行機が猛烈に揺れだした。

機長の「予想外の乱気流に遭遇したから席に戻ってね」のアナウンスと共に、ベルト着用サインが点灯。

 

 

 

この時期のオセアニア線は赤道付近で揺れて、揺れて、揺れまくる。

 

 

 

そういえば出発前から機内アナウンスで「グアム超えたあたりから揺れまっせ」とは言っていたが…大型機でここまで揺れるとちょっと恐い。

結局、ニューギニア島を超えるあたりまで機体は揺れたり落ち着いたりを繰り返し、ロクに眠れないまま消灯時間が終了。機内ではコーヒーの匂いと共に朝食の準備が始まる。

 

 

 

過酷極まりない寝不足状態だが、朝日は容赦なく燦々と機内に降り注ぎ、前席ではしょーもないアベック仲睦まじいカップルが騒いでいる。そんな中、死んだような顔で朝食を貪る東南アジア帰国直後でやや薄汚い25歳。

 

 

 

ホンマしばいたろか太陽のボケが…何を照っとんねん。雲も遮れや!どこで遊んどんねん。どついたろか。

 

バトルスタディーズ(4) (モーニング KC)

バトルスタディーズ(4) (モーニング KC)

 

 

 

 

その後は順調に飛行し、現地時間の午前7時前にはシドニー(キングスフォート・スミス)国際空港へ着陸。定刻よりも30分ほど早い到着だった。

入国審査は機械で行う。以前はスタンプを押されない寂しさを感じたものだが、今日はとにかく早く通過できれば何でも良い。

いつもは厳しいオーストラリア税関も、この日ばかりはこちらの気持ちが通じたのか、大晦日だからなのかは分からないがほぼ顔パスで通過した。

 

 

 

そして、迎えに来てくれた父親と合流。

車に乗り込み、30分ほどで家に到着。家に着いたら充電がプツンと切れてしまい、死んだように眠った。現地時間の夜、ようやく起床した頃には既にガキ使が始まっていた。

殆ど一日中寝たきりの大晦日を過ごし、日本より2時間早く年越しを迎えた。

旅に出る(カンボジア旅行〜動画まとめ)

@Flipagram スライドショー旅行記

 

flipagram.com

 

挿入歌:Save Tonight / Eagle Eye Cherry

Save Tonight

Save Tonight

  • イーグル・アイ・チェリー
  • ロック
  • ¥250

 

 

 

@YouTube トゥクトゥク車窓動画リンク

 

プノンペン①】

(Night Market〜AEON Mall Phnom Penh)

m.youtube.com

 

プノンペン②】

(130Street〜AEON Mall Phnom Penh)

m.youtube.com

 

プノンペン③】

(River Front Area〜National Museum)

m.youtube.com

 

シェムリアップ①】

(Oddar Meanchey Province, Tonle Sap)

m.youtube.com

 

シェムリアップ②】

(Oddar Meanchey Province, Tonle Sap)

m.youtube.com

旅に出る(12/30 @成田空港〜あとがき)

プノンペンを出て5時間弱。日本時間で午前6時前に成田空港へ到着。

 

f:id:kotaro0521:20170110183625j:image

 

ボーディングブリッジ越しの凍てつくような寒さで日本に帰って来たことを実感する。この日の成田の朝の気温は-1℃と東南アジア帰りでなくとも堪える寒さだ。それなのに我々は旅行気分のまま半袖帰国。

 

 

 

到着したのち到着ロビーで上着を羽織り、旅行の終わりを名残惜しみながら成田空港を散策。

私はこの日の夜便で両親と妹が住むシドニーへ帰省しなければならないため、S氏を見送ったのち成田空港内にあるトランジットホテルへ向かった。

そういえば、別れ際S氏からダルマと文庫本を貰った。どうやら私の両親へのプレゼントと買ってくれていたらしい。有り難く頂いた。

 

 f:id:kotaro0521:20170110185127j:image

 

トランジットホテル(成田エアポートレストハウス)からの眺めは最高だった。さすが空港敷地内だ。

ホテルに到着したのち、まずは埃と砂まみれの身体を丹念に洗い、伸びきった髭を処理する。帰国直後は本当に浮浪者のような不潔感を漂わせていたため、このままシドニーへ向かえば親になんて言われるか分からない。その後久々に観る日本のテレビをしばらく楽しみ、出発まで死んだように眠った。

 

f:id:kotaro0521:20170110185112j:image

 

そして19時、シドニー行きJL771便の搭乗が開始。

疲れが殆ど取れていない身体でここから10時間のフライトにテンションは上がりっぱなしだ。真ん中列の通路側を確保出来たのがせめてもの幸いだった。

 

 

 

シドニーの実家では基本的にダラダラ過ごしていたので特に記すことはないが、気が向いたらブログに記してみようかなと思う。

 

 

 

〜あとがき〜

 

 

 

旅行代理店やツアーを通さず完全に自分達のやりたいように日程を組んだカンボジア旅行は、個人的には大成功だった。

 

 

 

金銭的にも予想していた範囲内に収まり、仮にボッタくられても日本人感覚では大した金額ではない。また、大体のトラブルはお金で解決出来るわかりやすさもある。

そして、カンボジアの通貨はリエルだが殆ど$1以下の補助(小額)紙幣として以外は機能しておらず、どこに行っても米ドル払いが基本だったので金額交渉も分かりやすく楽だった。

 

 

 

何より助かったのがプノンペンシェムリアップ共に英語がほぼ100%の確率で通じたことだ。ホテルは勿論だがトゥクトゥクのドライバー、コンビニ、レストラン、観光名所どこにいっても英語の通用度は非常に高い。

日本などと違いカンボジアは殆ど産業が無いので必然的に観光業が重要視されている。プノンペンシェムリアップなどの都市部では観光客相手に英語または中国語が出来ないとまともな職につけないということだろう。

 

 

 

そして、S氏の英語力が思っていたよりも遥かに高かったこと。割と複雑な交渉も彼が一緒にこなしてくれたので本当に助かった。

 

 

 

 

 

 

タイやベトナムに飽きた人は、次は是非カンボジアをメインに回ってみて欲しい。

 

 

 

Fin.

旅に出る(12/29 @プノンペン4日目)

昨日は色々と考えさせられた1日だったなら、今日はそれを実践する日。とは言え普通の観光だが・・・カンボジア滞在最終日。キリングフィールドとトゥール・スレン虐殺博物館へ向かう。

 

 

 

これら負の遺産に行くのは最終日にしたかった。それはカンボジアに住む人に少なからず興味が無ければ行っても無駄だと思ったからだ。そういう意味で昨日の時間は貴重だった。

 

 

 

ホテル前に待機していたトゥクトゥクを夕方まで$20でチャーター。時間があったのでまずは重要文化財のある国立博物館へ。

 

 f:id:kotaro0521:20170110182314j:image

 

正直、アンコールワットにも勝るとも劣らない迫力。館内には歴史問わずカンボジア国内から発見された重要文化財が展示されている。しかし、日本語か英語のガイドを付けるか、または解説書を持参しない限りは何が何だか全く分からない。さらに付け加えると、かなりこれらの文化財ヒンドゥー教の神々の石像)に興味が無いと長時間の見学は厳しいかもしれない。

 

 f:id:kotaro0521:20170110182250j:image

 

誰かに悪戯されたのか、博物館中庭で翼を怪我して飛べない鳩を見つけた。この国では鳩もハードライフだ。

 

 f:id:kotaro0521:20170110182353j:image

 

f:id:kotaro0521:20170110182414j:image

 

国立博物館には約40分の滞在だった。あまり興味も無ければ知識も全く無いのでこれでも頑張って理解しようとしたほうである。

 

 

 

次の目的地はトゥール・スレン虐殺博物館。ここからキリングフィールド含め写真は殆ど撮っていない。というのも撮影禁止の場所が多く、また仮に撮影可能であったとしてもあまり撮影する気にはならない風景ばかりであったからだ。

 

 

 

トゥール・スレン虐殺博物館は、1975以降のポル・ポト軍政下で行われた無理な社会主義改革で多くの罪なき人々が粛清された拷問場所を博物館として公開している場所。

当時C21と呼ばれたこの収容所は高校を改装して作られており、独居房、尋問室には今でも多数の生々しい血痕が残っている。

記録にあるだけで2万人以上の人が収容、虐殺され、残ってきたのはたった7人らしい。

 

 

 

日本語オーディオガイドのヘッドセット、日本語解説リーフレットを片手に施設を回ってゆく。拷問当時の資料や写真は、人によっては気分が悪くなる恐れもある。それほど生々しいものだ。

 

 

 

90分近くかけて全ての施設を練り歩いてみて、ポル・ポト政権下からさほど時間が経っていないプノンペンの街を見渡すと、なんとも不思議な気持ちになった。悲しいわけでもなければ、驚きというわけでもない。ただ不思議な気持ちだった。

 

 

 

次はキリングフィールド。場所はプノンペン郊外にあるため、トゥクトゥクでも多少時間がかかってしまう。

ちなみにキリングフィールドはプノンペン郊外のものだけではなく、同じような施設がカンボジア国内全土に300近く存在していたという。 

 

 

 

C21に収容された人々はキリングフィールドで処刑された。最初は反乱因子とされる文字が読める知識人、芸術家、当時インテリの象徴とされた眼鏡を掛けた人々などであったが、次第にクメール・ルージュは一般のカンボジア人も粛清の対象とするようになったという。

 

 

 

キリングフィールドの見学方法もトゥール・スレン同様にオーディオガイドのヘッドセット、リーフレットの解説と共に回ってゆく。もちろんここも日本語ガイドに対応している。特にここのオーディオは元クメール・ルージュ刑執行人の話や、ポル・ポトの晩年など興味深い内容を聴くことができる。

 

 

 

トゥール・スレン、キリングフィールドの帰り道、トゥクトゥクに乗ってプノンペンの街を見渡す。この街のさらなる発展を心から期待した。

 

 

 

18時頃ホテルに帰り、プノンペンで最後の夕食。22時50分のフライトなのであまりゆっくりしている暇はない。それにしても、最終日の夕食もホテル下のレストランで済ませるのが我々らしい。結局ここには何回お世話になっただろうか。最終日の夜は遂に毎回頼んでいるオーダーを覚えられてしまった。お気に入りだったカンボジアビールを飲めるのも今夜が最後だ。

 

 

 

19時半頃、トゥクトゥクでホテルをあとにする。最後はやはりタクシーではなくトゥクトゥクに乗りたかった。空港までの道中、プノンペンの街を目にしっかり焼き付ける。次もしプノンペンへ来たとき、どれだけ街が発展しているかを楽しみにしながら。

 

 

 

旅行初っ端からトゥクトゥクには苛々させられっぱなしであったが、今回の旅行の主役は良くも悪くもトゥクトゥクだった。なんだかんだ悪態をつきながらも我々はコレが好きらしい。

料金交渉からボッタクられるドキドキ感や、お金のことしか考えていない単純明快で正直者なドライバーとの会話、砂埃と排気ガスまみれの生温い風を感じながら街を熱走する日々が懐かしく感じる日々が来るかもしれない。

 

f:id:kotaro0521:20170110182945j:image

 

f:id:kotaro0521:20170110183007j:image

 

f:id:kotaro0521:20170110183039j:image 

 

遂にプノンペン空港に到着した。ANAのチェックインカウンターには日本人スタッフ、日本人観光客が多く見受けられた。それらを見て、何事も無く帰国日を迎えられてよかったとホッとした。同時に名残惜しくもあった。

 

 f:id:kotaro0521:20170110182833j:image

 

f:id:kotaro0521:20170110182854j:image

 

f:id:kotaro0521:20170110182917j:image

 

しばし最後の記念撮影。S氏も私も、今回来られなかったもう1人のS氏も、今後はこんなにタイミング良く休暇が取れるとは限らない。次に私と友人の休暇が合うときにはどちらかが既に家庭を持っているかもしれない。そうなると、ある意味これが最初で最後の大学時代の友人との海外旅行かと思ったりもした。

 

 f:id:kotaro0521:20170110183100j:image

 

f:id:kotaro0521:20170110183125j:image

 

搭乗ゲート前のスタバ。抹茶クリームフラペチーノのグランデが$3だったので、日本より少し安い?みたいだ。人生で数えるほどしかスタバに行ったことがないので良く分からないが。

 

 f:id:kotaro0521:20170110183147j:image

 

22時50分、NH818便が定刻通りに搭乗開始。

23時テイクオフ。また来れると信じて。

カンボジアへ別れを告げた。

旅に出る(12/28 @プノンペン3日目)

前日の遺跡観光で予想以上に体力を削っていたのか、この日は移動以外何もしない日だった。人によっては1週間かけて遺跡群を回る人もいるようだが、我々には到底真似できない。

 

 

 

プノンペンへの帰路も空路を使うことになった。バスは現地人向けのバン、もしくはトラックの荷台しか空席がなく、まさかトラックの荷台で帰るわけにはいかないので、高かったが泣く泣くSkyscanner経由で航空券を手配。

 

f:id:kotaro0521:20170110062054p:image

 

1人あたり$77。プロモ価格なら$20前後で乗れるバサカ航空の安さを考えるとかなり高く感じるが、直前に取ってしまったことや時期を考慮すると妥当な金額だ。

それはそうと、バサカ航空はLCCだと思っていたが受託手荷物20kgまで無料なのはビックリした。

 

 

 

朝食を食べたのち、昨日お世話になったトゥクトゥクドライバーに空港まで送ってもらう。値段は$10。なんとも納得のいかない値段を当たり前のように言い放ってきたが、昨日はかなり渾身的に頑張ってくれたのでチップ代込みということで支払った。すると2日間で一番の満面の笑みで喜んでいた。コロッと態度の変わったドライバーと固い握手を交わし、チェックインカウンターへ。

 

f:id:kotaro0521:20170110063615j:image

 

基本的に東南アジアではeチケットなど見せずともパスポートさえ渡せば即座に搭乗券を発見してくれるので非常に楽だ。

 

f:id:kotaro0521:20170110063948j:image

 

f:id:kotaro0521:20170110064011j:image

 

10時15分過ぎ、ほぼ定刻通りに搭乗開始。機材はA320。まさかのジェット機だった。バサカ航空について全く知らないのだが、機体横には大きく中国語が描かれていたり、機内でも当たり前のように中国語が流れていたので中国資本の航空会社なのかもしれない。もしくは旅客の大半が中国人だからであろうか。

 

f:id:kotaro0521:20170110121509j:image

 

プノンペンまでの飛行予定時間は驚異(?)の40分だったが、恐らく離陸してから40分も経たずにプノンペン空港へ着陸した。この価格、この飛行時間の短さでありながらしっかりドリンクサービスがあったことには感動した。そして、私たちの座席周りの乗客は日本人ばかりで何となく安心するフライトだった。

 

f:id:kotaro0521:20170110122326j:image

 

プノンペン空港内の吉野家で昼食。

牛とチキンコンボのドリンクセットで$9。カンボジアの物価を考えると、高級レストランと言える値段設定だ。味はほとんど日本と変わらず。もっとも、日本にはチキンコンボなんてメニューは無いが・・・。

 

 

 

ホテルまで空港タクシーを使おうと思ったが、またもトゥクトゥクの営業に捕まる。「プノンペンは初めてか?観光か?キリングフィールドに行くか?それとも実弾射撃に行くか?M60!知ってるか?ランボーの銃だ!嫌ならAK、何ならRPGもあるぞ?カンボジアだけだぞ?こんな無茶苦茶できるのは!日本人は実弾撃ったことないだろう!それともブンブン(風俗)か?カンボジア女性はかわいいぞ!」

マシンガンのように捲し立てられるも、ホテルに直行してくれとだけ告げる。そして混もうが混むまいが、時間がいくらかかろうが$8以上払わないし実弾射撃もブンブンも行かないぞと念を押して乗車。結果、ボラれることもなくホテルへ到着。こうなってくると初日の$15が本当に悔しく思えてくる。 

 

 

 

実はこの日の宿泊先は当日まで取っていなかったのだが、新しい安ホテルを開拓するのも面倒になり、結局初日から滞在していたホテルをBooking.com経由で予約。 到着後フロントのお姉さんは「あら、貴方たちまた来たのね」みたいなリアクションだった。

 

f:id:kotaro0521:20170110123558j:image

 

慣れ親しんだリバーサイド。大勢の白人観光客に混じって出勤時間を待っているであろう売春婦、裸足でサッカーをしている少年、自分の身体より大きなゴミ袋を引きづりながら歩いている幼女、色々な人生が歩いている。ベンチに腰掛けているだけでも花売りの少女に買ってくれとせがまれる。呂律の廻らないばあさんが唐突に怪しい葉っぱを巻きだし吸えと言い出す。

 

f:id:kotaro0521:20170110124828j:image

 

風光明媚に見えるトンレサップ川だって、少し川に近づけば何とも言えないゴミの悪臭がするし、岸にはゴミが散乱しハエと蚊が飛び交っている。街には大量の野良犬が闊歩し、現地人曰く噛まれたら冗談では済まない。

 

 

 

こんな書き方をすると、なんて治安の悪い場所なんだと思われるかもしれないが、正直治安の悪さはあまり感じなかった。多分、これが現地人にとっての日常だからである。よく分からない表現だが、その中で人々が必死に生きている。それが当たり前だから、今更怖がることなんか何も無いのかもしれない。

 

 

 

夕食を済まし、夜までS氏と酒を交わしながら色々なことを語らった。プノンペンでも有数の繁華街リバーサイドを歩きながら、色々と考えさせられる一日だった。 

旅に出る(12/27 @シェムリアップ2日目)

カンボジア滞在のメインイベント、アンコール遺跡群観光当日。

 

 

 

朝8時にトゥクトゥクドライバーとホテル前で待ち合わせをしていたので、7時に起床。ホテルで朝食を済ませ、8時15分頃にホテルを出発。

 

f:id:kotaro0521:20170109094007j:image

 

まずはアンコール遺跡群への入場チケットを購入するセンターを目指す。少し肌寒い朝風が心地良い。

シェムリアップの市街地はプノンペンと比べると道幅も広く、交通量も比べ物にならない程少ないのでトゥクトゥクも走りやすそうだ。

 

f:id:kotaro0521:20170109094246j:image

 

チケット購入センターは観光客でごった返していた。ツアー客、個人問わず日本人も多かった。

 

f:id:kotaro0521:20170109095314p:image

 

これがアンコール遺跡群パス。1日有効で$20だが、現地人は無料。遺跡毎にパスコントロールがあり、係の人にパスを見せて入場する。ネプチューンの名倉は現地人に間違われて顔パスで入れたらしい。

 

f:id:kotaro0521:20170109095743j:image

 

無事パスを入手し、携帯用ベープマットも装着し蚊対策も万全。まずはアンコール・トム周辺の遺跡群を目指す。

 

f:id:kotaro0521:20170109100335j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109100500j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109100535j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109100602j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109100625j:image

 

アンコール・トム周辺の遺跡群はとにかく数が多い。そこを短時間でグルグルと回っていくので、途中から何処が何なのか分からなくなりがちだ。事前知識が無いと殆ど同じようにしか見えず、感覚的には京都への修学旅行に似ているかもしれない。更に我々はガイドを付けていなかったので、地球の歩き方を片手に頑張るしか無かった。

 

 

 

アンコール観光日数がたった1日のため、ルート決めは全てトゥクトゥクドライバーに任せた。その結果、アンコール・トム遺跡群周辺はそれらの中心に位置するバイヨン、空中参道が特徴的なバプーオン、クリアン、タ・プロームを中心に回った。 他にも色々と回ったが、後半はどこも同じように見えてきて全てを把握出来なかった。

どこの遺跡も観光客の多さで回廊内で頻繁に渋滞が発生しており、更に燦々と降り注ぐ直射日光でジワジワと体力は削られてゆく。

 

 

 

アンコール・トム周辺の遺跡を回ったあたりで時刻は13時頃。遺跡内にある観光客向けのレストランで昼食。毎度おなじみカオマンガイとフォーを頼んだが、観光地なので空港とさほど変わらない値段を取られた挙句、大して美味くもなかった。

食後はついにアンコール・ワットへ向かった。午前中アンコール・ワットは逆光になるので基本的には午前アンコール・トム、午後にアンコール・ワットという巡礼ルートが基本らしい。

 

f:id:kotaro0521:20170109135945j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109140314j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109140432j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109140508j:image

 

f:id:kotaro0521:20170109140532j:image

 

アンコール・トムも凄かったが、アンコール・ワットの迫力はそれを大きく凌駕するものだった。アンコール王朝、クメール建築、ヒンドゥー教について殆ど予備知識が無い状態だったが、そんな適当な観光客でも十分雄大さを実感する風格。

中央棟に到達するまでの回廊内部、特に第三回廊周辺はかなり混雑していたが、遺跡の1番外側の回廊である第一回廊には殆ど人がおらず落ち着いた雰囲気だった。

 

 

 

結局、午前中のアンコール・トム観光で相当疲弊していたのでアンコール・ワット観光は1時間半程で切り上げたが、一生に一回は来るべきだと思える場所だった。

この時点で時刻は16時前。トゥクトゥクのドライバーが$5チップをくれるならトンレサップ湖のクルーズに連れて行ってやると言ってきた。今からホテルに帰ってもパブストリート、ナイトマーケットに繰り出すには早過ぎるし、とは言え遺跡観光もお腹いっぱいだったので、トンレサップ湖へ向かうことにした。

 

f:id:kotaro0521:20170109142133j:image

 

アンコール・ワットからシェムリアップ中心街を抜け、郊外の住宅地を南下すること1時間。トンレサップ湖に到着し、トゥクトゥクドライバーがクルーズ船のチケットを手配してやると言ってきた。しかし私もS氏も船酔いするタイプだ。湖を眺めるだけにとどめておいた。

ドライバーは残念そうにしていた。恐らくクルーズ船のチケットを買えば幾らかドライバーにも取り分があったのだと思うが、無理強いされることも無かった。

 

f:id:kotaro0521:20170109151941j:image

 

夕日が沈むにはまだ時間的にも早かったが、沈むまで湖を延々と眺めているのも退屈なので、30分ほどで撤収。もういいのか?とドライバーに声を掛けられたが、ホテルまで向かうように告げる。

 

 

 

トンレサップ湖から40分ほどでホテルに到着。

すぐさまシャワーを浴びて汗と砂埃を落とす。身体に赤土がびっしりこべりついており、擦らずとも水がやや茶色くなるほどだった。

 

 

 

シャワーを浴びすっきりした身体で夕飯を食べに行く。この日はナイトマーケット近辺にある韓国料理屋。大変美味であったが、プルコギやチヂミをオーダーすると前菜も含め食べきれない量になってしまい、結局チヂミ等はテイクアウェイすることに。そして偶然なのかもしれないが、店内は日本人観光客でいっぱいだった。

 

 

 

その後はナイトマーケットでお土産を調達。クメールスカートやカンボジアシルクのスカーフ、アンコール・ワットのTシャツ等を買い込みホテルへ戻る。

 

 

 

この日は21時前にホテルへ戻ったが、相当疲れていたのか明日のパッキングを終えた瞬間に眠ってしまった。

旅に出る(12/26 @シェムリアップ1日目)

3日目の朝、少々寝坊気味に10時頃起床。

 

 

 

今日は14時のフライトでシェムリアップまで移動するので、11時にホテルをチェックアウト。フロントに空港までタクシーを手配してもらい、12時前に空港へ到着。

 

f:id:kotaro0521:20170108192305j:image

 

出発まで2時間以上あるため、とりあえず腹ごしらえ。まずは空港内のベトナム料理屋でカオマンガイもどきをオーダー。

 

f:id:kotaro0521:20170108192545j:image

 

そして、チキンのフォーを追加して豪勢なお昼ごはん。コーラを足して1人あたり$12。やはり空港なのでかなり高め。

 

f:id:kotaro0521:20170108192951j:image

 

そしてそして、本日12月26日はなんとS氏の26回目の誕生日である。誕生日ということで少し顔がシュッとしたアラサーのお兄ちゃん。

 

 

 

腹ごしらえも終わり、チェックインカウンターでeチケットとパスポートをかざし航空券を受け取り保安検査場を通過。

 

f:id:kotaro0521:20170108193854j:image

 

当たり前と言えば当たり前だが、シェムリアップまでのフライトに現地人は殆どおらず、ほぼ全員が観光客。白人半分、中国人半分という感じで日本人は殆どいなかったと思う。

予定時刻から5分程遅れて搭乗開始。ボーディングブリッジ利用ではなく沖止めなので、バスに乗って飛行機の横まで向かう。

 

f:id:kotaro0521:20170108223615j:image

 

使用機材はATR72。久々のプロペラ機にテンションも上がる。

 

f:id:kotaro0521:20170108224102j:image

 

機体後方から順に搭乗してゆく。

 

f:id:kotaro0521:20170108224315j:image

 

機内は2-2の標準アブレストでほぼ満席状態。ドアクローズ後すぐに地上滑走を開始し気がついたときには間髪入れずに離陸。かなり深めの上昇率で一気に高度を上げていき、離陸から5分程でベルトサインが消えた。

その後CAさんが慌ただしく乗客に水を配り終える頃には既に機体は徐々に高度を下げており、離陸後30分弱で着陸態勢に入った。

 

 

 

飛行予定時間は45分だったが、離陸から40分弱でシェムリアップ国際空港へ着陸した。この早さを体感してしまうと恐らくもうバスには乗れないかもしれない。そう思いながらシェムリアップ国際空港へ降り立った。

 

f:id:kotaro0521:20170108225844j:image

 

シェムリアップ国際空港にボーディングブリッジは見当たらず、プノンペンよりも更に小規模な空港であったが、リゾート地のプライベート空港のような綺麗でお洒落な雰囲気が心地良い。

 

f:id:kotaro0521:20170108231744j:image

 

空港から宿泊先のホテルまで向かうタクシーの中、ドライバーがしきりにツアー営業をかけてくる。

朝から夕方まで1日タクシーをチャーターし、アンコール・トム、アンコール・ワットを含めた遺跡群を回るツアー。ガイド別で$30と値段自体は高くなかったが、そのドライバーがとにかく喋るおっさんで「この人と1日回るのはしんどいだろうな・・・」と思い丁寧にお断りした。

 

 

 

ホテルにチェックイン後、アンコール遺跡群を回る手段を考える。自転車をレンタルするか、ガイドを付けるか等色々考えたが、結局フロントで色々相談した結果トゥクトゥクを1日チャーターすることに。値段もガイド無しで$15と安かった。

 

 

 

今回の旅行のメインイベント、アンコール遺跡群の観光手段に目処がついて一安心したのか少し眠くなってきたが、まだ時間も19時と早かったのでシェムリアップ繁華街の散策へ向かう。

 

f:id:kotaro0521:20170108234620j:image

 

プノンペンとは全く違う雰囲気を持つメインストリート。白人や中国人が大多数だが、日本人観光客もまばらに見られた。

 

f:id:kotaro0521:20170108234901j:image

 

有名過ぎるシェムリアップパブストリート。

日没後、アンコール遺跡群の観光で疲れた旅行客を酒と熱気で誘惑し、翌朝には再起不能にしてしまう地上の楽園。

まるでハリウッド映画に出てきそうな不良っぽい白人のお兄ちゃん達や家族連れ、老夫婦・・・老若男女が入り混じって束の間の非日常を楽しむ空間。暖かい気候も相まって、この雰囲気に慣れてしまうと日本に帰りたくなくなるのかな。そんなことを考えながら周辺をゆっくり散策する。

 

 

 

残念ながら私達は翌日早朝からアンコール遺跡群の観光というタスクを残しているため、夕食のステーキを食べた後早々にパブストリートを後にした。

 

 

 

この日も11時頃には就寝し、アンコール遺跡群の観光へ備えた。